will can must

ガード下のとある焼き鳥屋さんにて。

A君が「会社は俺を辞めさせたいんだと思う」と、いつになく暗い表情で相談してきた。

彼は半年前に転職したばかりである。ある時「人の成長を促す手伝いがしたい」という使命に目覚め、メーカーから研修会社の営業へと転身した。

A君は元々人と話すのが好きで、初対面の人間ともすぐに打ち解けられる。人を威圧する感じは全くなく、誰からも好かれるキャラクターはまさに営業向きだ。

転職当時は「自分が売っている商品で組織を変えられる」という信念のもと、楽しそうに働いていた。ところがその半年後、ストレスが溜まりすぎて職場に行きたくないと言う。聞けば、目の前の事務作業が終わらず、上司に怒られてばかりらしい。

「苦手な事務作業ばかり振ってくる。まるで会社は俺を自主退職に追い込んでいるようだよ。」

私は「そんなの行き過ぎた妄想だよ、大丈夫だって!」と励ましながら、頭の片隅で「やりたい・やれる・やらなきゃいけないの3つの輪が重なる仕事を見つけると良いですよ」というフレーズを、どこかのキャリアセミナーで聞いたなーとぼんやり思い出していた。

 

「やりたい・やれる・やらなきゃいけないの3つの輪が重なる」ことなんてある?

この3つの輪の話は、もう少しカッコ良いバージョンだと「WILL(やりたい)・CAN(やれる)・MUST(やらなきゃいけない)のフレームワーク」と呼ばれていたりする。

  • 「やりたい」は自分の心が踊るような、まさにやりたい仕事。
  • 「やれる」は自分が持っている知識やスキルで、今すぐ貢献できる仕事。
  • 「やらなきゃいけない」は、自分はあまり乗り気じゃないんだけど、周りから求められている仕事。

これら3種類の仕事のバランスが取れているとハッピーに働けますよ、という話で、当時は非常に説得力を持って私の心に響いてきた。

ところがA君のケースを目の前にして、そんな状態は本当に実現するのか? と疑問に思った。少なくとも自分の職歴を振り返ってみて、3つがうまくバランスした瞬間は1秒もなかった。

大抵は「やりたい仕事があるけど実力が足りていない」状況だったり、「能力はあるけど自分のやりたいことではない」というズレが起きている。このズレに耐えられない時は、ズレを解消すべく自己研鑽に励んだり、思い切って転職をした

そんな感じで、多くの人は3つの輪のバランスを取ろうと努力しているのではないだろうか。そしてそれは、正しい方向の努力だと思う。

そもそも「3つの輪のバランスが完璧に取れた天職が、この世のどこかできっと私を待っている」と思うほうが間違いだ。すでに在る天職を見つけるのではなく、やりたい仕事・やれる仕事・やらなきゃいけない仕事の中でもがくうちに、バランスが取れるように自分で調整していくものではないだろうか

 

見落とされがちだけど、超重要な「やならきゃいけない」仕事

最近では、これら3つの内「やりたい」と「やれる」仕事に就こうと強調されている節がある。好きなことを仕事にしようとか、得意なことでお金を稼ごう、とか。

でも仕事を続ける上で意外と重要なのは、見落とされてしまった最後の輪である「やらなきゃいけない仕事」をいかにやり切れるかではないだろうか。

 

ここでもう一度A君のケースを考えてみたい。彼の不満は「仕事の半分以上は事務作業。書類整理なんてやりたくない。もっとお客様と話していたい」とのことだった。

そこで「その事務作業って、100%無駄で不要な仕事なの? それとも将来トップセールスになるためには避けて通れない道なの?」と聞いてみた。すると

「100%やるべきでない、という訳ではない。確かに業務を理解する上では必要だと思う。でも俺は事務作業するためにこの会社に入ったんじゃないんだ!! 営業の仕事は人に会うことなんだ!!」ということだった。

つまり事務作業は、本来やりたい営業(WILL)をするためには必要な仕事(MUST)で、でもその仕事を遂行する能力(CAN)が低いゆえに、上司に怒られて困っているのだった。

「だったら事務処理能力を向上させて、空いた時間を営業に回せば?」と言いかけて……はい、言いませんでした。

 

「少しだけ」の積み重ねがやりたいことに辿り着く最短の道

簡単に言ってしまえばA君の主張は「苦手な事務作業なんてしたくないし、苦手克服のための努力もしたくないし、やりたいことだけやりたいんだよー」というワガママなんだけれど、実際このようなメンタルに陥っている人は少なくないと思う。特に経験と力量がつき始めた若手社員に。

新人のうちは、やれない&やらなきゃいけない仕事が大半を占め、不満を抱えつつも歯を食いしばって頑張る。頑張っているうちに能力がだんだんついてくる。すると、やりたい仕事が少しずつ振られてくるようになってくる。

で、やりたい仕事、ちょっとチャレンジングな仕事に取り組んでいるうちに、またやれない&やらなきゃいけない仕事が沢山出てくる。前より少しだけレベルアップした「やれない&やらなきゃいけない仕事」に取り組むうちに、また少しだけ能力がアップして、少しだけやりたい仕事ができるようになってくる。

この「少しだけ」の積み重ねが、最終的にやりたいことに辿り着く最短の道である。そのためには「やらなきゃいけない仕事」に地味に取り組む時期を避けては通れない。

この時期を耐えられるかどうかが、本当にその仕事をやりたいかどうか、覚悟を試す篩(ふるい)になっているのかもしれない。

 

“THE・俺たちの若い頃はオジさん”が伝えてくれる真実

「近頃の若者は我慢が足りない。すぐにやりたいことがやれると勘違いしている。自分たちの若い頃は……」とお説教をするオジさんがいる。結構いる。てか大半がそう。

飽きっぽい私は、そうしたお説教を垂れてくるおじさんに「マジ勘弁」と思っていたけれど、案外真実を伝えようとしてくれてたのかもしれないな。

ありがとう、人生の諸先輩方。そしてこれからもよろしくお願いいたします。

 

1985年生まれ 東京都出身 経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの現地法人へ転職し採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのちフリーランスとして独立。現在は開発コンサルタントとして国際開発援助やソーシャルビジネス支援に従事。