なぜ本を捨てるのは難しいのか。ビジネス本ばかり買い込む昔の夢に終わりを告げよう。

3月。日本は卒業、入学など、年度が替わる季節だ。

新年度を迎えるにあたり、身の回りを整理したくなる人も多いだろう。

先日のブログで仕事の断捨離について書いたけれど、断捨離といえば「モノ」を捨てることから始めるのが一般的だ。

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私が人生で初めて断捨離を決行した時は、洋服から始めた。

「人生がときめく片づけの魔法」で有名なこんまりさんの教えにしたがって、まずはクローゼットの洋服を引っ張り出した。

大量に出てきた洋服を一枚一枚触り、心がときめくものは残し、ときめかないものは捨てていった。

一通り作業を終えた後、あまりに”心がときめかない洋服”が部屋の大部分を占めていたことに気づき、愕然とした。

そして、自分がいかに物を大切に扱っていなかったか、いかに一瞬の満足感を得るために浪費していたかを気づかされた。

大量の不用品を捨てた時の爽快感は半端ない。クローゼットに出来た新しい空間を、何度ニヤニヤ眺めたことか。

それ以来、断捨離の考え方をいろんな場面で適用するようになった。

本の断捨離は最難関

断捨離がもたらす喜びを体感しているものの、捨てるのが難しい分野もある。パソコンやスマホなどのハイテク機器、車などの大きなもの、家のような高価なもの、思い出の品などは、洋服ほど簡単には手放せない。

なかでも私にとっての最難関は「本」だった。

だいぶ処分したが、いまだに百冊以上は捨てられずにいる。

本棚には、経営コンサルタント時代に買った本がいっぱい残っている。人材育成や組織開発、営業やマーケティング、事業開発やビジネスモデル系の本……。

今手に取ると「なぜこんな本に1,500円も出したのだろう」と不思議に思う本もある。しかし、当時は必死の想いで本にすがっていたのだろう。

私が就職したのは、中小企業向けの経営コンサルティング会社。社会人1年生だろうと、容赦なく経営者に向き合わされる。

日本を代表する監査法人の看板と、コンサルタントというおこがましいほどの肩書を背負い、私は早く一人前になりたくて仕方なかった。

自分の意見を、自分の提案を、認めてもらいたい。でも自分の経験だけでは自信がない。だから誰かに代弁してもらう。その根拠として本を読み漁る。

身一つで勝負出来ないとわかっていたから、誰かの権威――本を書いた偉い人の力――を借りて、身の丈以上の成長を望んでいたのかもしれない。

なぜ本を捨てるのが難しいのか

会社を辞めたのは5年前のこと。もう経営コンサルタントを目指しているわけではないのだから、そんな本はさっさと捨ててしまえばいい。

頭ではわかっているが、なぜか心が抵抗する。

もったいないから? いつか読むかもしれないから???

本を捨てるのはなぜこんなに難しいのだろう。

そもそも、なぜここまで本が増えてしまったのか。

私の場合、他のものに比べ、本を買うことの心理的ハードルが圧倒的に低い。本をたくさん読むのは良いことと言い聞かせ、つい財布のひもが緩くなってしまう。

とにかく多読を目指していたのも原因の一つだと思う。たくさん本を読むのが目的になっていて、質はあまり考慮せず、量をひたすら追いかける時期があった。

どんな理由にしろ、根底には本を読むこと、あるいは所有することで手っ取り早く成長したいという願望があった。 本をたくさん読むことで、憧れている人に近づける、憧れている人の思想を吸収したい、と願っていたのだ。

本を捨てるのは一つの夢の終わり

そう考えると、本を捨てられない大きな理由は、過去に「なりたかった自分」 への未練があるからのように思えてしかたない。

「もう経営コンサルタントを目指していない」と書いたが、果たして本当にそうだろうか。

毎日15時間働き、寝る間も、友達と遊ぶ時間も惜しんで目指した経営コンサルタント。ある時、私の人生のほぼ全てを支配していたその夢に、きちんとお別れを言っただろうか。

仮に、たった2冊しか本を手元に残せなければ死ぬ、という究極の環境に置かれたとする。

捨てるリストに真っ先に上がってくるのは、ビジネス関連の本だ。

もしこれらの本を捨てるとなれば、私はリアルに痛みを感じるだろう。自分の大切な部分が切り取られるような、社会人として踏ん張ってきた、これまでの証がえぐられるような。

それでもビジネスの本が、 今はもう私の心をときめかせないことを自分自身が一番よく知っている。

そして、手元に残る2冊が何かも知っている。

それは2冊とも児童文学で、「愛と運命を信じること」について書かれたお話だ。

「愛と運命」を信じること。それが私の本当の興味なのだ。

しかし、本当の興味がわかったところで、いったい何になるというのか。愛や運命じゃお金にならない。生活できない。経営コンサルタントのほうが立派な職業だ。

そんな見栄や執着が、本当は最も大切な2冊を、ビジネス関連の本で隠してしまっているのかもしれない。

執着を手放し、本当の興味に目を向ける

この前、俳優の哀川翔さんにまつわる面白いエピソードがテレビで紹介されていた。

哀川翔さんといえば、釣りやゴルフ、カブトムシやクワガタの飼育など、多趣味なことで知られている。多読家で、若いころは難しい本をたくさん読んでいたらしい。

その哀川さんが本の断捨離をして、残ったのはたった2冊。

『世界の甲殻類』『世界のエビ・カニ』だったそうだ。

思わず爆笑してしまったと同時に、とても素直で、とても幸せな人生だな、と思った。

***

本を捨てるのは痛みを伴う。

でも、何かを捨てれば必ず新しい空間が生まれる。その空間を、今の自分に必要なもので埋めればいい。心地よければ空っぽのままでもいい。

本を捨てることは、なりたかったけど、なれなかった自分にサヨナラを言う儀式。

一つの夢の終わりを意味するのかもしれない。でも、それは同時に新しい夢の始まりでもある。

古い本だな
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