スマホのアラート音で目が覚める。

実際、まだ目は開いてない。右手を伸ばしてスマホをとり、ようやく重たい瞼をあける。毎朝一番に視界が捉えるのは、スマホ画面に映し出された「6:30」のデジタル文字だ。

ホームボダンを押してその数字を消すと、自動的に待ち受け画面が現れる。1とか2とか書かれた小さな赤い丸が嫌でも目に入る。アプリのプッシュ通知だ。

どうせ誰かがまたFacebookのイベントに回答したり、昨日の投稿にイイネをしてくれたのだろう。

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私の朝は、こんな風に小さな赤い丸を、見て見ぬふりをするところから始まる。

スマホは必要な情報を調べるには便利だが、不要な通知に振り回されるのはしんどい。いくつかのアプリは通知をオフに設定している。でも、仕事で使用するものはそうもいかない。

朝起きてから会社に行くまでのほんの数時間のうちに、スマホ、テレビ、新聞、電車広告から大量の情報を浴びる。

駅ナカの本屋に目をやれば「今年最大のベストセラー!」「いま話題の著者による最新作!」といったポップが溢れ返っている。SNSには、知人による話題の新刊レビューが投稿されていた。まずい、自分も早く読まなきゃ取り残される。

自分の意思とは無関係に、次から次へと情報が流れてくる。今の世の中、誰よりも早く、誰よりも多く知っていることを是とする風潮があるが、本当にそうなのだろうか。

情報と知識は違う。

「とりあえず知っておかなければ」という焦りに突き動かされたくない。

自分が本当に身に着けたい知識とは何なのだろう。そんなことをちゃんと立ち止まって考えたいと思うようになり、最近あることを実践するようになった。

「遅読」と「手書きのノートまとめ」だ。

遅読と速読の違い

読書術といえば、一般的には速読のほうが身近だと思う。巷にはたくさんのノウハウ本や講座が転がっている。

読むスピードを上げることで沢山本を読むことができる。効率的に情報も収集でき、時間に追われる現代人には必要なスキルかもしれない。

一方遅読とは、読んで字のごとく、一冊の本をじっくり時間をかけて読む方法だ。

速読がファストフードとすれば、遅読は上質なコース料理とでもいえるだろうか。速読は、その場の空腹を手っ取り早く満たしてくれる。

反対に遅読は、料理を一品一品味わうように、本の一頁一頁をゆっくり味わっていく。時間はかかるが、その分深く理解することができる。

それぞれの読書術にはメリット、デメリットがあり、目的によって使い分ければ良い。

私が遅読を始めた理由には、情報過多の毎日から抜け出したいという思いがあった。しかしそれとは別に、なんとなく脳が劣化しているような気もしていた。

多読家の先輩に、

本を読んでも理解できなかったら、自分のレベルがその本に到達していないということだよ。理解したければ、経験値を上げるか、時間をかけて丁寧に読むしかない

と言われたことがある。

確かにその通り。難しい本を速読ノウハウだけで攻略することは出来ない。

新卒の時に理解できなかった本を、今は簡単に読めるのは、仕事を通じてあらゆる経験値が上がったからだ。

一方哲学書のような本は、経験値だけではカバーできない。抽象的な概念を咀嚼する力を鍛えないと、いつまでだっても自分のものにはできないだろう。

筋トレと一緒で、脳も意図的に負担をかけないと、次のレベルに到達できない。難しい本に挑戦しなければ、思考力は上がらないのである。

遅読で思考力を高める方法

私が実践する遅読は、以下の通りである(遅読術のような本は一切読んでいないので、完全な自己流である)。

  1. 自分の現在の思考レベルより「少しだけ」難しい本を用意する
  2. 一章ずつ、ノートに手書きでまとめていく

現在の思考レベルより「少しだけ」難しい本を読む

まずは自分の思考レベルより少しだけ難しい本を用意する。ポイントは、「少しだけ」難しい本を選ぶことだ。

圧倒的に難しい本を読むことは、腕立て伏せ10回もできない私が、いきなりウェイトリフティングに挑戦するようなもの。筋力がつくどころか、バーベルが頭上に落ちて死んでしまうかもしれない。

難しいと感じる基準は全くの感覚だ。

参考までに、私は一度黙読して頭に入ってこなかったら、確実に自分の思考レベルを超えた本だと判断している。これが音読をしたり、2~3回読み直してようやく頭に入ってくるようであれば、「少しだけ」難しい本と認定する。

逆に一度読んですんなり理解できる本は、遅読の対象外だ。

一章ずつ、ノートに手書きでまとめていく

次に、一章ずつノートに内容をまとめていく。ポイントは手書きでまとめること。

脳神経外科医の築山節氏によると、脳の能力を高めるには、次の4つの訓練が効果的らしい。

・情報を意識的に脳に入力する

・情報を脳の中で保持する

・入力した情報を解釈する

・脳の中にある情報を出力する

『脳が冴える15の習慣 記憶・集中・思考力を高める』(生活人新書)

具体的には、新聞コラムを手書きで書き写すと良いらしい。脳に情報を長く留めるトレーニングとして、パソコンよりも手書きの方が効果的なのだそうだ。

私の場合、マインドマップの要領で、読んだ内容を一枚の紙に描くようにしている。誰かに見せるわけでもないので、見た目や論理性などは一切無視。

自分の心に響いた言葉やフレーズだけ抜き出し、一文字ずつ手で書き写していく。

制限時間も設けない。自分がしっかり理解できたと思えるまで、ゆっくり丁寧に読み込んでいく。

この遅読&手書きまとめの効果は、すぐに実感できた。ノートにまとめる、つまりはアウトプットを意識するだけで、インプットの質が驚くほど変わったのだ。

本を丸々一冊転写はできないので、自然と要点を意識するようになる。

この一文で筆者が言いたいことは何か。全体の構成はどうなっているか。なぜこのような構成にしたのか。

本と対話をする感覚で、筆者の思考の足跡をたどっていく。

まだ数冊しか検証していないが、この方法を試した本は、多少難しくとも読めるようになった。

おそらく先ほどの「脳を鍛える4つの訓練」を、無意識に繰り返していたからだろう。

情報を知識に変え、意見に変える

紹介した遅読術は、何も真新しい方法ではない。実はどれも、小学校の国語の授業で習ったことばかりである。

国語の授業が人生の何に役立つのか、ずっと不思議だった。しかし、大人になった今、ようやくわかった。情報に振り回されてしんどくなった私たち自身を、助ける術を学んでいたのだ。

世の中にはたくさんの情報が溢れている。

本だろうとネット記事だろうと、その質はピンからキリまで。

速読術を磨けば、その多くに目を通し効率的に情報を得ることができるだろう。同時に遅読力を高めれば、情報の質を見抜く選別眼が磨かれる。

ただの情報を知識に変え、そこから自分の意見を生み出す。

発信した意見が他者への刺激となり、新たな情報へと生まれ変わる。

そして自分の元へ戻ってくる。

更に質の高い知識を世の中に生み出すことができれば、それはもうただの読書術ではなく、立派な社会貢献と言えるのではないだろうか。