4d04c863f40fd30698b7ed7075363d6e_m

 

知人に、

「そっか。大島さんは東京の塾的価値観に染まってるんだね」とイキナリ言われた。

え、なんだそれ。どーゆーことだ。

「大島さんの考え方とか人生観とか、通ってた塾がかなり影響与えていると思うよ。」

知人は長年塾業界に勤めていた。これまで何千人もの学生(と彼らのその後)を見てきたのだから、一理あるのかもしれない。

「そうなんですか。てっきり自分は高校留学の経験が大きな影響を与えてると思ってたんですけど。」

いや、塾だね。間違いない。

またもや断言されてしまうと、何の根拠もないのに、そうなのかなーと思ってしまう。

 

確かに私が中学生の頃に通っていた塾は、だいぶ変わっていた。

都内では有名な進学塾で、成績が悪いと入ることすらできない。将来は東大しか考えていません、むしろ東大以外に進学する人は人間ですか? みたいな雰囲気があった。

もちろん私は東大なんか目指しもしなかったので、彼らの主張が正しければ私は人間ではない。

それなのに、人間ですらない私が何を勘違いしたのか、間違ってこの塾に入ってしまった。中二の冬の出来事だった。

それまで塾とは無縁に生きてきたのだが、学年で一番頭の良いユキちゃんがその塾に通っていることを知り、「私もココに行きたい」と言い出したのだ。

 

「これで学年一位になれるかもしれない!」

 

・・・んなワケないだろ。

もちろんそんな淡い期待は、入塾テストの結果とともに一瞬で吹き飛んでいった。私が振り分けられたクラスは下から2番目。全部で5段階に分かれているが、ユキちゃんは一番上のクラス。しかもその中で1位、2位を争うほど優秀な生徒だった。

 

 

「りえちゃんと同じ塾に通えて嬉しい!」

 

なんの悪意もなく言うユキちゃん。

私は心中穏やかになれなかった。

一応クラスでは、ユキちゃんの次に成績が良かった。だからユキちゃんと私にはほんの少しの距離しかないと思っていた。

でも実際はほんの少しどころか、数年努力したって越えられない距離があったのだ。見えていないだけだった。井の中の蛙ちゃんだった。一瞬でもユキちゃんを追い抜けるかもしれないと思った自分が恥ずかしい。

そうやって人生で初めて「圧倒的な者の存在」を知った。

 

挫折の日々は更に続く。

私は数学が大の苦手なので、とにかく数学の授業が憂鬱だった。

まだ「今日は新しい公式を覚えましょう。これを使って練習問題を解きましょう」という流れであればついていける。しかし、もちろんそんな生易しいスタイルではない。

チャイムとともにプリントが配られる。先生の「よーいスタート」という合図とともに、一斉にシャーペンの音が鳴り響く。

見たこともない式や図形が並ぶ。これを一体どうやって解けばいいというのか。みんなはペンが動いているのに、私だけは止まったまんま。カリカリというシャーペンの音が耳につく。

すでに中学受験をくぐり抜けてきた周りの精鋭たちは、着々と正答を導き出し、次の問題へと進んでいく。1ミリも答えが思い浮かばない私は、ひたすら制限時間が過ぎるのを待つしかなかった。

制限時間が過ぎれば、先生が解説を始めてくれる。何もできずに白紙のプリントを見つめる時間が、恐ろしく長く感じた。ひとり取り残されていく感覚ー。

 

あるとき塾のテストで、数学0点という結果を叩き出した。自分の出来の悪さにも驚いたが、それ以上に同じテストで90点以上取っている15歳がいることにドン引きした。

その時だ。

「あ。どんなに努力しても勝てない領域の人たちがいるんだ」というのを悟ったのは。

 

そうなれば、プライドもズタズタに引き裂かれ、劣等感の塊になり、「もう塾なんて行かない!」となりそうなものだ。

しかし、私は塾が大好きだった。学校の勉強より数倍楽しかった。簡単に解ける問題を繰り返すより、見たこともない、どうやって解けばいいんだこれ、という問題に立ち向かう方がよっぽどワクワクした。

 

また学校ではなかなか出会えない天才たちに会えるのも、楽しみの一つだった。

大体同じ地域に生まれ、ほぼ同じ年月を過ごしてきたはずなのに、どうしてこうも違うのか。もはや嫉妬を通り越して尊敬の念しかない。

 

ちなみに何とか食らいついて授業に付いて行った結果、無事、志望高に合格することができた。この高校で私はまた新しい世界に足を踏み入れることになるのだが、それはまた別の機会に書きたいと思う。

 

 

確かに振り返ってみれば、中学時代に通ったこの塾が、私の人生に大きな影響を与えているかもしれない。

・上には上がいると早い段階で知ること

・そこで変に諦めず、自分のポジションで努力を続ければ、それなりの力がつくこと

・自分よりも圧倒的に上のレベルの人がいる環境に身を置くのは、刺激的で面白いということ

上のようなことを、無意識のうちに学んでいたのかもしれない。そして、それが私の今日の価値観を作っている。

 

・・・と、知人は言う。

ってことは、私の場合、中高生の環境でその後の人生の価値観がほぼ決まったってことか? まあ、ほぼ決まるってのは言い過ぎだろうけど、私の場合はそうなのかもしれないな。うーん、でもどうなんだろう。

(つづき→東京から逃げたくても、田舎のない人はどこに戻ればいいのだろう

 

1985年生まれ 東京都出身

経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの現地法人へ転職し採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのちフリーランスとして独立。現在は開発コンサルタントとして国際開発援助やソーシャルビジネス支援に従事。