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つい先日、友人との間で、とある心理カウンセラーのことが話題になった。

その人は自己啓発系の本をたくさん執筆しており、TVでも活躍している。心臓をえぐるようなカウンセリングは多くの人を魅了するようで、かなりのファンがいる。

私は彼の大ファンというわけではないが、本ぐらいは読んだことがあった。特に深くも考えず「○○さんは、自由で自分に正直で、素敵な人だよね」と感想を述べた。

すると友人が

「お前は世渡り下手だな。」

と言ってきた。

 

・・・はい?

「大学院まで行ってくるくせに、大学ではそーゆーこと教わらないの?」

立派に嫌味まで言われた。

「俺はこのカウンセラーのことはよく知らないけど、多分心の中では『しめしめ、儲かる商売見つけたな』って思ってると思うよ」

・・・。

びっくりした。多くの人の心の闇を取り除いてきた素晴らしい心理カウンセラーを、そんな風に捉える人がいるのか。

友人曰く、世の人は基本的に性格がねじ曲がっており、良い話には必ず裏があるんだ、と。

 

野心だなんて、下品。

友人の考え方が正しいとは全く思いたくない。

そんなことより、「世渡り下手」と言われたことに腹が立つ。

確かに、理性を保とうとしても感情が勝ってしまうことが多いし、こうやって言われたことを受け流せず、ついムキになってしまっている時点で、世渡り下手と言われても仕方がない。

 

ってゆーか、そんなに世渡り上手が偉いのか!?

だったら私だって、世渡り上手になってやる! 冷徹で、合理的で、理想主義をバカにし、人の裏をかき、出し抜き、自分のことしか考えない、権力者になってやる!

 

という、普段だったら絶対に発想しない思考になってやろうと思い立った。

 

そうとなれば、権力者になるためのノウハウが必要だ。私は本屋に直行した。

入ってすぐ、平積みされた『野心のすすめ』(林真理子著、講談社現代新書)が目に留まった。

 

実は少し前から気になっていた本なのだが、世渡り下手な私は

”野心”だなんて、下品な。

と思い、手に取るのをやめていた。でも、今は事情が違う。

 

「野心か・・・権力者には必要だな。」

欲望にまみれていた私は、まんまとその本を買ってしまった。

 

50歳になった自分の幸せを想像できるか

内容は林真理子氏の自伝に近く、どうやって今の地位を築き上げたか、ここまで来るのになぜ野心が必要だったかなど、云々書かれている。

バリキャリ志向のカテゴリに入る女子には、グサグサ刺さる言葉が並んでいる。

私が最近の若い人を見ていてとても心配なのは、自分の将来を具体的に思い描く想像力が致命的に欠けているのではないかということです。

時間の流れを見通すことができないので、永遠に自分が二十代のままだと思っている。フリーターのまま、例えば居酒屋の店員をずっとやって、結婚もできず、四十代、五十代になったときのことを全く想像していないのではないか、と。

より具体的に言えば、「このまま一生ユニクロを着て、松屋で食べてればオッケーじゃん」という考え方です。

永遠に自分が二十代とは思ってない(と思いたい)けど、果たして自分はいつまでユニクロ着てても「イタイ」と思われないのだろうか。

クローゼットに目をやり、急にソワソワしてしまう。

ちなみにユニクロは大好きだし、牛丼もかなり家計を救ってくれている。しかし、自分が五十代になったとき、服はユニクロ、食事は松屋、雑貨は100均、本は図書館…という生活を送って、私は満たされていると感じるだろうか。

別にそうした倹約生活が良い/悪いの話ではない。他人に「イタイ」と思われるかどうかの問題でもない。自分自身が「イタイ」と思わず、心からハッピーに暮らせるのか、自信がない。

世の中というのは、つつましく安価だったり比較的誰もが手に入れやすいものに幸福を感じると「いい人」と言われ、その反対の嗜好を持つと「嫌な人」とうしろ指を刺されることになっているようです。

(中略)

もっと本が売れてほしい、褒められたい、みんなに尊敬される作家になりたいと、私の心の中には絶えず渦が巻いているのですが、かつては自分の欲張りの心にどれほど悩んだことでしょうか。他人から見れば、私はもう十分なものを手に入れている。なのにどうしてそれに自分は満足できないのだろうかという苦悩です。

褒められたい、尊敬されたい、認められたい。多くの人が自然に持つ感情。でも、最近はそうした明らさまな承認欲求は卑しいものとして見られがちだ。

確かに、他人に褒めらることばかりを追いかけていると疲れてしまう。でも、自分が自分を褒めてあげる、尊敬してあげる、認めてあげることは、生きていく上で超重要なことなんじゃないかと思う。

 

正しい野心は自分を高みに連れていく

自分を褒められるようになるためには、まず「どれだけ求めているか」を認識する必要がある。

ありふれた話だが、要は目標の設定だ。

 

目標に向かってがむしゃらに頑張っていると、周りが応援してくれる。

「大島さんの文章おもろしね。センスあるじゃん!」

本当かどうかは置いておいて、誰かが褒めてくれた言葉は、自分の自信につながる。もっともっと喜んでもらいたい。もっと良い文章が書けるようになりたい。こんなんじゃ満足できない。

そうやって「野心」が自分を高みに連れて行ってくれるのだ。

 

もちろん、人を蹴落としてまで頂上を目指して良いという話ではない。ただ偉くなりたいだけの野心も違う。

 

でも、野心を持つこと自体は恥でも何でもない。

何かを成し遂げたいための野心を持っている人は、単純にかっこいい。少なくとも挑戦してるから。

本当は野心があるのに、「挑戦して失敗したらかっこ悪いから最初から高みは目指しません」ってリスクヘッジしながら、本物の野心家を見下す奴より、よっぽどカッコイイ。

 

本を読み終えた私は、すっかりモチベーションが上がっていた。

なんて単純なんだ。権力者への道はとても無理だ。というか、権力とか世渡りとか、どうでもよくなってしまった。

 

「やっぱり野心が大事だよね!これからは、野心を持って生きるよ!」

なんて宣言する私を見て、友人からは「お前はやっぱり世渡り下手だな」って言われそうな気がする。

 

1985年生まれ 東京都出身

経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの現地法人へ転職し採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのちフリーランスとして独立。現在は開発コンサルタントとして国際開発援助やソーシャルビジネス支援に従事。