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二日連続で、大人が怒っているところを目撃した。

 

1回目は、長崎ちゃんぽんが有名なあるチェーン店で、テイクアウトの皿うどんを待っていた時である。

50代くらいの男女カップルが入ってきて、カウンターで注文をしていた。私は音楽を聴きながら携帯をいじっていたのだが、急にドスの聞いた男性の罵声が店内に響き、驚いて顔を上げた。

「なんだ、お前のその態度は!!! 客が待ってんだから早く注文とれや、コラァ!! てめぇ名前は何て言いやがる!!」

接客態度が気に入らなかったのか、ものすごい剣幕でキレている。怒られている若い男性店員は、どうしてよいか分からない様子で、黙って下を向いてる。彼はバイトか? 店長なのか? 誰も助けに来る様子はない。厨房をのぞくと、キッチンスタッフが黙々とちゃんぽんを作り続けている。客もみんな黙ってちゃんぽんをすすっている。

2〜3分の出来事だったであろうか。一通り文句を言ったその男性は、「ぜってー会社にクレーム入れてやるからな!!」と最後に吐き捨て去っていった。その後、店はすぐに日常を取り戻した。

怒鳴られた店員が、熱々の皿うどんが入ったビニール袋を私に渡す。

「お気をつけてお持ち帰りください」

彼は注文を受ける時も、商品を渡す時も、私の目を見ることはなかった。

***

エレベーターに乗っていたら、ベビーカーを引いた親子が乗って来た。30代後半くらいのお母さんと、おばあちゃん、3歳くらいの女の子、赤ちゃんの4人。

その家族は1階で降りようとしていた。ところが2階についた時、階をよく確認せず「さあ着いたから、降りるわよー」と言って降りてしまった。

私は「ここ2階ですよ」と声をかけようとしたが、その間にベビーカーを引いた別の親子が乗ってきた。赤ちゃんを抱っこした若いお母さんと、5歳くらいの男の子の三人。

少しためらったが、私はその三人組の親子越しに「あの、ここ2階ですよ!」と開くボタンを押しながら、大きめの声で言った。こちらにすぐに気づき「あらあら〜すいません〜」と言いながら、エレベーターに戻ろうとする親子。

するとどうだろう。若い母親が、頑としてエレベーターの入り口を塞いでいる。

ん? 見えていないのかな? いや、んなわけないだろう。でも、全然動こうとしない。

「すいません、ベビーカーをもうちょっと中に入れてもらえますか?」申し訳なそうに言うおばあちゃん。

若い母親、無視。

私はあいていた左手で、咄嗟に見ず知らずの他人のベビーカーを持ち上げ、その親子が入れるように隙間をあけた。

若い母親、相変わらず無視。

1階に着くと、もう一人の母親が若い母親を睨みつけるようにして降りて行った。若い母親はそんな視線に目もくれず、「早くしてっ」と小さな声で男の子を叱りつけ、エレベーターを後にした。

***

この一連の出来事を見て、私は男性店員にも、若い母親に対しても、特に怒りは覚えなかった。

むしろ悲しかった。

男性店員はもしかして10日連続勤務中で他にバイトもおらず、相当疲れていたのかもしれない。若い母親はもしかして、育児で頼れる人が周りにおらず、心がガサガサしていたのかもしれない。

たまたま第三者だったから、怒りを買った側の心境を想像する余裕があった。でも自分が当事者だったら、迷わず悪態を付いていたかもしれない。

***

「なんでわかってくれないんだろう」

怒りの根源は、期待に対する裏切りなんじゃないかと思う。たいてい勝手に期待して、勝手に裏切られたと嘆いているだけなんだけど。もっとゆっくり時間をかけて「実はこうして欲しかったんだ」「実はこんな理由があったんだ」と話し合えれば、「怒る」という最も安易で手っ取り早く相手をねじ伏せるコミュニケーション手段に頼らなくて良いはずだ。

きっと人は、忙しいと怒りっぽくなるんでしょうね。

昔の上司が「部下をつい叱ってしまうのは、焦っているからなんだ」と言っていた。新人が育つのに時間がかかることは重々承知している。だけど上からのプレッシャーとか、お客さんからの催促とか、余裕がないとつい怒ってしまうんだ、と。

 

そういえばエレベーターで思い出したが、この前銀行のATMでお金をおろしていたら、知らないおじいちゃんに「エレベーターはどこですか」と聞かれた。

その銀行は1階がATMで、2階が窓口だった。目の前には階段があって、壁には不自然なインターフォンがついている。「ご用件がある方は押してください」と書いてあるので、おじいちゃんを連れて行きインターフォンを押す。

「どうされました?」とお姉さんの声。こもってておじいちゃん全然聞こえない。

代わりに「エレベーターってどこにありますか?」と聞くと、別の入り口に回るよう指示された。私はおじいちゃんをそこまで案内してあげた。おじいちゃんは右手をあげて「ありがとうねぇ」と笑顔でお礼を言ってくれた。

良い話だ。

いや、違うちがう。別に私が優しいとか、偉いとかそんな話をしたかったわけではない。なぜ私がこんな対応ができたかというと、「ただ暇だったから」に尽きる。その日は小学生の下校なみに寄り道する余裕があった。天気も良く、公園でもプラプラしようかなぁと思っていたところだった。それくらい暇で、何のプレッシャーもなかったのである。

これが忙しかったら、見て見ぬふりをしていたかもしれない。

雨が降っていて、次のお客さんのアポまで30分を切っていたら、目の前のおじいちゃんを助けるより一本早く電車に乗ることを優先していただろう。

時間の余裕は心の余裕。

怒るとシワが増えるらしいから、なるべくスケジュールはガラガラにしておこう。

 

1985年生まれ 東京都出身

経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの現地法人へ転職し採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのちフリーランスとして独立。現在は開発コンサルタントとして国際開発援助やソーシャルビジネス支援に従事。