先日、アラーキーこと荒木経惟の写真展に行ってきた。

私はアラーキーのことをさほど知らないけれど、写真家の兄の影響で、たまに彼の写真集やドキュメンタリー番組なんかを見たりする。

自身の独特の出立と写真から、初めてアラーキーの作品を見る人は戸惑うかもしれない。ましてや私みたいな、学校的価値観にどっぷり染まった社会的優等生、でも不良少女にちょっと憧れるような箱入り娘にとっては、衝撃が走るだろう。見てはいけないものを見てしまった、でも目をそらすことができない。そんな不思議な感じに包まれる。

 

 

今回の写真展はアラーキーの代表作、『センチメンタルな旅』だ。

妻陽子さんとの新婚旅行を収めた写真たちは、なんとも生々しい。

最近よく思うのだが、写真に限らず本や歌など、良い作品には情景の匂いが感じられる。その作品が表したいだろう情景が、あまりに生々しく伝わりすぎて、思わず匂いや気温、湿度までが伝わって来る。

『センチメンタルな旅』の写真展、いや写真集も、二人の新婚旅行で訪れた先々の情景が、匂いとともに伝わってきた。

 

 

陽子さんが上半身裸でカメラを見つめる公園の写真からは芝生の匂いが。

陽子さんが横たわっている船の写真からは、川や風の匂いが。

陽子さんがぐったりしている旅館の部屋の写真からは畳とシーツと汗の匂いが。

 

 

これらの写真は1971年に撮られたものだから、私は生まれていないし、当時を知る由もない。ましてや独身の私には新婚旅行の経験がないので、どんなものか自分の中から引き出すことはできない。

それでもその風景や経験を共有させる、錯覚させる表現力は感動以外の何ものでもなかった。

 

最近文章を書き始めて、表現することの面白さと難しさに取り憑かれてしまっている。本にしろ映画にしろ、今までの感覚で、作品を楽しむことができなくなってしまった。すなわち、表現者との勝手な対話である。あ、私が一方通行で話しているから、対話じゃなくて独り言か。

 

私には文字という手段しかないけど、何を表現するかは、写真家であれ他のジャンルの作家からたくさん学ぶことができると思う。

 

最後に、『センチメンタルな旅』より、大好きな前略の文章を。私もいつかこんな私小説を描けたらいいなあ。

 

前略

もう我慢できません。私が慢性ゲリバラ中耳炎だからではありません。 たまたまファッション写真が氾濫しているのにすぎないのですが、こうでてくる顔、でてくる裸、でてくる私生活、でてくる風景が嘘っぱちじゃ、我慢できませ ん。これはそこいらの嘘写真とはちがいます。 この「センチメンタルな旅」は私の愛であり写真家決心なのです. 自分の新婚旅行を撮影しかたら真実写真だぞ!といってるのではありません。 写真家としての出発点を愛にし、たまたま私小説からはじまったにすぎないのです。もっとも私の場合ずーっと私小説になると思います。私小説こそ もっとも写真に近いと思っているからです。新婚旅行のコースを そのまま並べただけですが、ともかくページをめくってみてください。 古くさい灰白色のトーンはオフセット印刷で出ました。よりセンチメンタルな旅になりました。成功です。 あなたも気に入ってくれたはずです。私は 日常の単々とすぎさってゆく順序になにかを感じています。

敬具

荒木経惟

 

1985年生まれ 東京都出身

経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの現地法人へ転職し採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのちフリーランスとして独立。現在は開発コンサルタントとして国際開発援助やソーシャルビジネス支援に従事。