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(※このブログはBooks&Appsに寄稿した記事を編集したものです)

独立しようかどうか迷っている友人に「なぜフリーランスを選んだのか」と聞かれた。

実際独立した当時は、フリーランスを選んだというよりも、様々な事情が絡んでフリーにならざるを得なかった、という方が正しい。

しかしなぜ今もフリーランスを続けているのかと問われれば、それは「自分は自由だという感覚を持っていられるから」というのが率直な理由である。

 

経済的自由よりも精神的自由

事実、フリーランスが経済的に自由かというと、人それぞれだと思う。私の場合報酬は会社員時代に比べて激減したし、「給料」のような安定収入はないので、常にお金の事は気にかけるようになった。

また時間的に自由かというと、それも正直わからない。締め切りに間に合わず睡眠を削ることはしょっちゅうだし、週休二日という概念なんて無いので、ずーっと仕事を続けることも可能だ。

フリーランスになれば「自由」を手に入れられるかといえば、(特に最初の内は)答えはNOに近いのかもしれない。

ただ、それでもまた会社員に戻りたいとは思わない。やはり精神的な自由を謳歌できるところが大きいからだ。

おそらく私は、自由に対する憧れがかなり強い方なんだと思う。というよりも、束縛や管理に対し異常なまでの恐怖を感じてしまう

例えば日報。上司から管理されている感じが大嫌いで、過去には日報が原因で転職したこともある。転職した会社でも日報があると知った時、その翌日には39度の高熱が出た。

会社員として働くならば、程度の差こそあれ、管理されるのは当然のこと。しかし、私のように管理に対する恐怖心が高すぎると「もう組織では働けないのではないか。社会人として失格なのでは」と思い悩む時もあった。

 

導かれるようにして手に取った一冊の本

そうやって悩んでいる時に、本屋で『ひとりぼっちを笑うな』(角川新書)というタイトルの本が目に入った。著者はバラエティに引っ張りだこの漫画家、蛭子能収さんだ。

最近またよくテレビで見かけるようになった蛭子さん。彼はその自由気ままなキャラクターがウケている。

例えば魚料理を食べるロケなのに、魚が嫌いだからと言って一人トンカツを食べてしまうらしい。一見ただの自分勝手な行動に見えるが、実はその裏側には、蛭子さんが子供の頃から一貫して持っている哲学があった。

漫画家というフリーランスとして長く活躍する蛭子さんに、自由を得るための心構えを学んだ。

 

1.「自由」が自分にとって一番大切な価値観だと認識する

とにかく僕、蛭子能収は、誰かに束縛されたり、自由を脅かされることが何よりも大嫌い。(中略)人は、自由でいることが一番いいと思う。もっと言えば、自由であるべきだとも思っている。

これを宣言できるってなかなかすごいと思う。

私だったら、こんなこと言ったら「コミュニケーション力が低い人なんだな」とか、「非常識な人だな」とか思われるのが怖くて、堂々と宣言することはできない。

でもそれが本当に自分の信念なのだったら「私はそーゆー人間です」ってまずは自分が認めてあげて、周りにも伝えていくと、生きやすくなるのかもしれない。

 

2.大きな組織をすごいとは思わない

その会社名を見ただけで、その人のことを知った気になる。これは良くないことだと思う。その人を、自分自身の目でしっかりと見定めることを怠っているようにしか僕には思えない

人間の魅力というのは、その人が所属している集団から生まれるのではなく、あくまでもその人自身の技量や性格から生まれるもの。その本質だけは、見誤っていはいけないと思います。

蛭子さんは、群れることは良くないと言っている。

人間は弱いから、集団でいると安心する。仲間といると気が大きくなって、普段はしない凶暴な行動を取ってしまう。他のグループと自分たちのグループを比べて、区別する。それは差別に発展する恐ろしさを抱えている。

その人の本質を見極めるためには、まず自分自身が群れずに生きることが大前提。

 

3.自由であるために

僕は、「これがしたい!」という思いだけで、ずっと仕事をやってきました。テレビの世界だったら、思ったことは正直に言う。たとえそれによって、共演者や視聴者から顰蹙(ひんしゅく)を買うようなことがあっても、自分自身でいるためにはそれしか手段がなかった。

世の中に迎合して「これをやらなきゃ」って自分を変えたとしてーそれが良い結果につながればいいですけど、もし悪い結果につながってしまったら、どうでしょうか?きっと自分以外の誰かを責めたんじゃないかな

ライターの仕事も「自由にやっていいよ」と言われると120%の力を発揮できる。しかし「こーゆー風に書いてくれ」と言われると、途端に書けなくなってしまう。仕事だから仕方がないと割り切れる時もあるが、ものすごいストレスのもとで書いているので、仕事の質が下がってしまう。

しかし逆に何も指示がないのも結構怖い。記事を書く仕事は、自分の考えを世の中に出すということだから、勇気がいる。誰かのチェックや指示が入れば、非難されたとしても「だってこう書けって言われたから」と他人のせいにすることができる。

「あなたを信頼しているから、自由に書いてください」と言われれば、もうそれは120%期待に応えるしかない。管理されない代わりに、誰かのせいにして妥協することなど許されないのだ。

 

4.自己主張はしない

本業は漫画家ですから、自分の漫画を描くときは自分で思いつくままに自由にストーリーを作っていきます

でも、テレビに出る場合はそこにディレクターさんがいて、プロデューサーさんもいる。彼らは何度も何度も打ち合わせを重ねて収録に臨んでいますよね。そう考えれば、もう、自分の思うようにできない場面だっていうのは最初からわかりきったことなんです。

なるほど。3.で言っていることと矛盾しているように見えるけど、要は使い分けが重要。

自分を自由に表現する場と、求められたものを表現する場を分けて、両方の場を持つことが大事なんだ。

 

5.人生に「勝ち組/負け組」はない

自分でお金を稼いでそれで自由に生活していけるのなら、収入が多い少ないにかかわらず、それだけでもう”勝ち組”だと思うんですよね。少なくても食っていけているのなら、他人がとやかく言うような話ではない。その人は自由になる権利を得ている

いくらお金に興味がないと言っても、ある程度のお金がなければ自由にはなれない。

でも、その額を決めるのはやはり自分であるべきだと思う。会社員の時は自分で自分の給料を決めるのはできない。フリーランスならどれだけ稼ぎたいか決めることができる。自分の価値を自分で決めることができる

それだけで人は自由になる権利を得ている、ってことなのかな。

 

まとめ

もしあなたのフリーランスに対する憧れが「自由になれる」であれば、あなたにとって自由とは何を指すのだろう。

蛭子さんには失礼だけど、彼のように自分勝手、何も考えてなさそう(?)に一見見えても、実はものすごく骨太な芯が一本通っている。だからこそ、厳しい芸能界、漫画家という世界で長年にわたって活躍できるんだと思う。

私も彼のように、信念を持って自由気ままに生きていきたいと思った。まずは蛭子さんの漫画を読むところから始めてみようかな。

 

 

 

1985年生まれ 東京都出身

経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの現地法人へ転職し採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのちフリーランスとして独立。現在は開発コンサルタントとして国際開発援助やソーシャルビジネス支援に従事。