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この前のブログの続き。

「でもそれってね、実は東京の人ならではの価値観なんだよ。」

知人は続けた。私は黙ったまま首をかしげてその続きを待った。

「地方はね、塾も少なければ私立高校だってそんなにない。公立よりも私立の方がレベルが高いなんて、東京くらいのもんなんだよ。」

「確かに…そうらしいですね。」

公立、特にその県の名前がそのままついている高校は優秀だということを、私はだいぶ後になって知った。自己紹介の時に「私は○○高校出身」と誇らしげに言われても、東京以外の事情を知らない私は「へー」と返していた。彼らが物足りなさそうな顔で見返すもんだから、あ、ここは「すごい!優秀なんだねー」という反応が正解なんだと学んだ。

 

「地方だと、中学校の教室内で1番を取れる奴が、そのまま理想の優等生なんだよ。

で、そーゆー優等生は、自分と同じような優等生が集まる公立高校に進学する。そうすると周りには同じような人しかいないから、東京ほどの激しい競争は生まれない。上には上がいるとか、圧倒的な存在に出会う確率って、相当低い。」

自身も地方出身である知人は、私に得意げに語ってくれた。

これまで指導してきた沢山の教え子と、20年前同じように東京を目指した自分を重ね合わせて話しているのかな、と思いながら聞いていた。

 

「そーゆー優等生が例えば早稲田とか慶應とか、東京のマンモス大学に入っていろんな人と出会うとね、そこで初めて多様性に触れるんだよ。

でも地方出身の優等生って、往々にして国立大学に進んじゃうんだよね。そうすると、また同じようなバックグラウンドの子と固まるから、いつまでたっても多様性にも、真の競争にも晒されることがない。本当の意味で晒されるのは、社会人になってからなんだよ。

そう言って空を仰いだ。

地方出身の友人の顔が何人かちらついた。そんなに東京って競争激しいですかね、と私は聞いた。

 

「東京で就職はしたものの、スピード感についていけないとか、東京は息苦しいとか言って、結局田舎に帰っちゃう人って多いんだよ。俺の知り合いでも残っている人って半分くらい…いや、もっと少ないかもしれない。

そりゃそうだよね。だってさ、小さい頃から大島さんみたいに競争や多様性に晒されてきた人たちと戦うんだよ? もう、そんなの打ちのめされちゃうよね。」

「そーゆー人達って、田舎に戻ってどうするんですか。」

「公務員になるんだよ、それが優等生の典型パターンだからね。まあ、あとは実家継ぐとか、結婚するとかじゃない。」

先ほど浮かんだ友人の顔が、更に鮮明になって脳裏に過ぎる。

 

「俺、その気持ちわかるよ。友達も身寄りもない東京にたった一人やってきて、そこから生き残るのは大変だよ。相当図太くないと難しいと思う。

もしくは、もう一生競争や多様性に晒されない環境に身を置くか、だね。つまりは安定した大企業に入るってこと。そこには自分と似たような優等生がいっぱいいるから。

それが嫌なら野良犬みたいに、東京で図太く生きてくしかない。俺は完全にラッキーな野良犬だな。今日までこうやって東京で生きてるから。」

 

東京は野良犬しか生き残れない街。もしくは、雑種なのに血統書付きのフリした似た者同士が群をなさなければ生き残れない街。

本当に? 本当にそうなのだろうか。

だったら私はどうやって生きているんだろう。

東京に生まれたって自分が血統書付きの犬でないことくらいわかる。だからといって、群れなければ生きていけないほどひ弱ではない。

東京に息苦しさを感じた人は、田舎に戻れば息苦しさから解放されるのだろうか。息苦しくて東京に出てきたのではないのか。もし東京生まれの自分が息苦しさに耐えられなくなったら、田舎のない私はどこに戻ればいいのだろう。

どんなにスピードが速くても、どんなに刺激が強くても、どんなに勝手に抱いた憧れに裏切られても、今自分が立っている場所で踏ん張れずに、どうやって次の一歩を踏み出すことができるのか。

 

そんなようなことを感情の赴くままに話したら、

「ほらね、やっぱり東京の塾的価値観に侵されてる」と言って、知人は優しく笑った。

 

 

1985年生まれ 東京都出身

経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの現地法人へ転職し採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのちフリーランスとして独立。現在は開発コンサルタントとして国際開発援助やソーシャルビジネス支援に従事。